香木の基礎
栽培伽羅と栽培沈香の違い — 広い意味と狭い意味、系統と樹脂の話
「栽培沈香」には、人の手で結香させた沈香すべてを指す広い意味と、伝統的な実生栽培による沈香だけを指す狭い意味があります。栽培伽羅は、この広い意味の中に含まれる、系統がとくに違う存在です。何が同じで何が違うのかを、当店の扱う材に沿って整理します。
「栽培沈香」には広い意味と狭い意味があります
「栽培沈香」という言葉を、当店では二つの意味で使い分けています。
広い意味では、人の手で結香させた沈香すべてを指します。これから説明する栽培伽羅も、この広い意味での栽培沈香の一部です。
狭い意味では、伝統的な実生栽培による沈香だけを指します。中国では1980年代から、海南島・広東・広西・雲南などで白木香(Aquilaria sinensis)の実生繁殖が大規模に行われてきました(Kang ら 2022)。ベトナムでは1986年ごろから、ハティン省の住民が自生林で採ったアクイラリア・クラッスナ(A. crassna)の苗を屋敷まわりに植えるようになり、造林としての試験植栽は1997年に始まっています(Hoang & Nguyen 2002)。奇楠(きなん=産地の市場で沈香の最上位に置かれる呼び名)系統の接ぎ木クローンとは違う、実生から育てた木の沈香です。
紛らわしいのですが、この記事で栽培伽羅と並べて「栽培沈香」と書くときは、両者を区別するため、この狭い意味で使っています。
栽培伽羅とは何か
栽培伽羅は、奇楠系統を接ぎ木で受け継いだ木から採れる香木です。
「系統が違う」と聞くと別の樹種を想像されるかもしれませんが、そうではありません。中国の広東と海南の栽培地で集められた奇楠系統の遺伝資源58点をDNAバーコーディングで調べた研究では、そのすべてが白木香(Aquilaria sinensis)であることが確認されています。ただし同じ研究は、この方法では奇楠系統どうしの違いまでは見分けられなかったとも書いています(Kang ら 2022)。樹種はあくまで一つで、その種の中で分化した特定の系統が、接ぎ木によって受け継がれ、栽培に使われているということです。
栽培伽羅は、比較的新しい存在です。野外で見いだされた奇楠系統の原木が接ぎ木で殖やされるようになったのは近年のことで、現在では産地の新しい造林で主流になっています。
栽培伽羅と奇楠の関係、産地の取引で使われる白油・緑油といった呼び分けについては、奇楠(きなん)とは?の記事にまとめています。また、この系統の樹脂の性質がなぜ通常の材と違うのか、という研究の経緯は、沈香と伽羅は何が違うのかの「科学が見はじめたこと」の章で紹介しています。
何が違うのか — 樹脂の効率
木を植え、幹に穴を開けて結香を促すという育て方と結香のさせ方は、栽培伽羅と狭い意味での栽培沈香とで基本的に共通しています。当店の提携農園でも、台木に接ぎ木する工程を除けば、この二つのあいだで作業の流れが大きく変わるわけではありません。
違うのは、樹脂が乗る効率です。打眼(だがん=幹に穴を開ける方法)で結香させた奇楠のクローン四系統を追った研究では、二年後のエタノール抽出物(浸出物)がYYZ・AS・RHの三系統で46.8〜48.6%に達しました。同じ研究で、結香していない白木(しらき)はわずか3.39%、普通の沈香を半年結香させた材は18.16%でした。残る一系統XGYは二年より一年時点のほうが高く、51.49%で四系統中の最高値でした(Li ら 2025)。長く置けば必ず良くなるわけではなく、系統と年数の両方が効いてきます。別の比較研究でも、奇楠系統の材は通常材より浸出物・クロモン類(香りのもとになる成分群)とも顕著に多いという結果が出ています(Chen ら 2023)。いずれも研究での値で、当店の材の測定値ではありません。なお当店の香木は香りを楽しむためのもので、薬用のものではありません。
なぜこれほど違うのか。奇楠系統は、傷への反応の仕方そのものが通常の材と違うことも報告されています(Lv ら 2022)。全ゲノムを調べた研究では、奇楠系統は一般の白木香から種内で分化した系統であることが示され、栽培の中で生まれたものではなく、もともと野生の中に存在していた系統が接ぎ木で受け継がれてきたと推定されています(Lv ら 2025)。木の生まれが土台にあり、そこに傷や微生物の関与も加わる——というのが、いまのところの理解です。傷や微生物がそれぞれどれだけ寄与しているかは、まだ研究の途中です。
香りと使い方の違い
樹脂の効率が違うぶん、焚き方の相性も変わってきます。
栽培伽羅は樹脂を惜しむ必要がなく、熾した炭の上に載せて、一気に香りを立たせる焚き方がいちばん合います。当店の実測では、量は一回0.5〜1g。炎を立てずにくゆるため煙は少なく、香りがいちばん豊かに広がります。
炭を使うときは、耐熱の香炉の中で焚き、燃えやすい物から離して、火が消えるまでそばを離れないでください。炭は燃えているあいだ一酸化炭素を出すので、閉め切った部屋では焚かず、焚いている間と、焚き終わったあともしばらく換気を続けてください。お子さまやペットの手の届かない所で焚き、しまってください。
灰の上で直接火を点ける焚き方は、道具が最も少なくて済み、材の真偽や品種を見分ける手がかりにもなります。油分の多い材に直接火を点けると細かな黒い浮遊物(すす)が出やすいという点は、当店でも確認しています。
煙を避けたい場合は、電子香炉や茶香炉も使えます。当店の実測では80〜120℃が有効な温度帯で、量は一回0.1〜0.2g。150℃を超えると焦げた匂いが出るため避けます。狭い意味での栽培沈香も同じ道具で焚けますが、樹脂が少ないぶん、香りの立ち方は穏やかです。
なお、聞香(もんこう=銀葉を隔てて香木を温め、小さな一片の香りを低温から高温まで聞いていく、香道の聞き方)は、当店では積極的には勧めていません。樹脂の量も値段も惜しむ必要がなく、当店で試した限り、通常品クラスの材は銀葉の穏やかな熱では雑味が相対的に目立ちやすいためです。樹脂が十分に乗った特撰クラスの材なら、聞香でも楽しめると考えています。
当店の扱い
当店の定番は、栽培伽羅(奇楠系統)です。
書き方には気をつけています。「伽羅」とだけ書くことはなく、必ず「栽培」を付けます。野生の伽羅の代わりになる、とも言いません。野生の伽羅とは育った年月も結香のしかたも違う別の材で、香りの厚みや変化の幅にも、当店の経験では隔たりがあります。
それでも、日々の暮らしの中でも法事の席でも、焚いていただける香木だと思っています。樹脂を惜しまず、熾した炭の上で一気に立ち上がる香りを楽しめるのは、栽培伽羅ならではだと考えています。
参考文献
- Kang et al., 2022. Genetic relationship and source species identification of 58 Qi-Nan germplasms of Aquilaria species in China that easily form agarwood. PLOS ONE 17(6): e0270167. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0270167
- Lv et al., 2025. Resequencing insights into the genetic characteristic and development of molecular markers for Chi-Nan germplasm (Aquilaria sinensis). Industrial Crops and Products 230: 121055. https://doi.org/10.1016/j.indcrop.2025.121055
- Lv et al., 2022. Comparative transcriptome analysis reveals different defence responses during the early stage of wounding stress in Chi-Nan germplasm and ordinary Aquilaria sinensis. BMC Plant Biology 22: 464. https://doi.org/10.1186/s12870-022-03821-4
- Chen et al., 2023. Comprehensive Comparisons between Grafted Kynam Agarwood and Normal Agarwood on Traits, Composition, and In Vitro Activation of AMPK. Molecules 28(4): 1667. https://doi.org/10.3390/molecules28041667
- Li et al., 2025. Effects of different clones and inducing time on agarwood quality in grafted Qi-Nan Aquilaria sinensis (Lour.) Spreng. PLOS ONE 20(7): e0327514. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0327514
- Hoang Thanh Loc & Nguyen Duc To Luu, 2002. Conservation and Use of Aquilaria crassna in Vietnam: A Case Study. In: Proceedings of the Southeast Asian Moving Workshop on Conservation, Management and Utilization of Forest Genetic Resources. FORSPA Publication No. 31/2002, FAO(2026年9月2日閲覧). https://www.fao.org/4/ac648e/ac648e0f.htm
よくあるご質問
「栽培沈香」と「栽培伽羅」はどう違いますか?
栽培沈香は、人の手で結香させた沈香全体を指す広い言葉で、栽培伽羅もこの中に含まれます。狭い意味での栽培沈香は、奇楠系統ではない、伝統的な実生栽培による沈香を指します。育て方や結香のさせ方は基本的に似ていますが、系統が違うため、採れる樹脂の量に大きな差が出ます。
「栽培沈香」の広い意味と狭い意味を教えてください。
広い意味では、栽培伽羅を含めて、人の手で結香させた沈香すべてを指します。狭い意味では、1980年代から中国・海南島や広東などで大規模に行われてきた白木香の実生繁殖(ベトナムでは1986年ごろからハティン省の住民がアクイラリア・クラッスナの自生苗を屋敷まわりに植えるようになり、造林としての試験植栽は1997年から)による、奇楠系統ではない沈香を指します。この記事で栽培伽羅と並べて「栽培沈香」と書くときは、この狭い意味です。
栽培伽羅とは何ですか?
奇楠系統を接ぎ木で受け継いだ木から採れる香木です。中国の広東と海南の栽培地で集められた奇楠系統の遺伝資源58点を調べた研究では、そのすべてが白木香(Aquilaria sinensis)で、別の樹種ではないことが確認されています(Kang ら 2022)。その種の中で分化した系統だという推定は、全ゲノムの再解析によるものです(Lv ら 2025)。近年になって広まった、比較的新しい存在で、現在では産地の新しい造林で主流になっています。
栽培伽羅と栽培沈香で、育て方や結香のさせ方は違うのですか?
大きくは違いません。木を植え、幹に穴を開けて結香を促す、という流れは共通しています。違うのは系統で、その結果として樹脂の効率が大きく異なります。打眼(だがん=幹に穴を開ける方法)で結香させた奇楠系統のクローンでは、二年後のエタノール抽出物(浸出物)が、調べた四系統のうち三系統で46.8〜48.6%に達したという報告があります(Li ら 2025)。結香していない白木(しらき)は3.39%です。いずれも研究での値で、当店の材の測定値ではありません。
当店では、どちらを扱っていますか?
定番として扱っているのは栽培伽羅(奇楠系統)です。必ず「栽培」を付けて表記し、「伽羅」だけでは書きません。野生の伽羅の代わりになる、とも言いません。別の材として、正直に扱っています。