栽培伽羅

栽培伽羅の品種 — 香りは品種が、値段は樹脂が決める

栽培伽羅の品種とは、母樹から接ぎ木によって受け継がれる系統のことです。実生ではなく接ぎ木で殖やすため、母樹の性質がそのまま固定されます。香りの傾向は品種が決め、値段は樹脂の乗り方が決める——この二つの軸は、別のものです。

目次

品種という言葉が、栽培伽羅では意味を持ちます

野生の沈香に「品種」という言い方は、あまり馴染みません。山の中の木が偶然傷ついて樹脂を溜めたものですから、系統を管理しようがありません。

野生の世界で使われるのは、品種ではなく、産地と樹種による大づかみな分け方です。沈香を産するのはジンチョウゲ科のアクイラリア属とギリノプス属の木で、大陸部(ベトナムなど)は主に Aquilaria crassna、中国・海南島は主に A. sinensis(白木香)、インドネシアは A. malaccensis やギリノプス属など複数の種が混在します。産地と樹種は一対一には対応しません。

日本の業界でいう「シャム」「タニ」も、大陸部産・島嶼部産を指す取引上の呼び名で、樹種名ではありません(Compton & Ishihara 2004)。そして野生の伽羅は、日本の香木業界では伝統的にベトナム産の最上質材を指してきました——ただしこれは香道の品評と貿易の歴史に由来する分類で、樹種や成分で線が引けるものではありません。いずれにせよ、野生の分け方はこのくらいの粗さです。

栽培伽羅は違います。品種は驚くほど細かく、数も多いのです。

母樹(ぼじゅ)は、野外で生き残っていた野生の伽羅の原木を農園に移植したもので、接ぎ木の穂木を取る親木です。産地の農園では、実生の白木香に、この母樹から穂木を取って接ぎ木します。接いだ枝は母樹の性質をそのまま持っているので、系統が固定されます。だから「この木は◯◯という品種だ」と言えるわけです。

ただし、母樹の出自は接ぎ木の系統を示すもので、採れる材の香りが野生の伽羅と同じであることを意味するものではありません。

母樹から穂木を取って接ぐので、母樹の性質がそのまま固定されます。品種名が意味を持つのはこのためです。

結香 — 栽培沈香は、どうやって香りを持つのか

品種名は、その母樹の名前です。苗木の市場には張勺子(チャンシャオズ)、透頂緑、大葉婆といった名が数多くあり、葉の形や大きさで見分けられるとされます(いずれも産地の流通上の呼び名で、学術的に登録された品種名ではありません)。由来は母樹が見つかった場所であったり、葉の特徴であったりと、まちまちです。産業として栽培される沈香の主産地は中国とベトナムで、実生で育てるのが中心です。接ぎ木で品種を殖やす栽培伽羅の主産地は中国で、品種名もその流通の中で付いてきました。

栽培伽羅4品種(YYZ・AS・RH・XGY)の葉の比較写真。系統ごとに葉の形と色が異なる
研究で比べられた栽培伽羅4品種の葉。系統によって形も色つやも違うのが分かります。研究の世界でも、系統を見分ける最初の手がかりには葉が使われています(確定には遺伝子解析が併用されます)。図版:Li et al. 2025, PLOS ONE 20(7): e0327514 (CC BY 4.0) の Fig 1 より葉の部分を切り出し

香りの系統としては、「緑油系」と「白油系」という呼び分けが使われています。ここでの緑油・白油は、あくまで栽培品の香りの系統を指す、産地の取引の場での呼び方で、学術的に確立した分類ではありません。なお日本の香木店では、「緑油伽羅」は野生の伽羅の最上級を指す名として使われていますが、ここでいう緑油系とは別のものです。

母樹の多くは緑油系に属するとされ、その系統から殖やした木の材は辛味が立ち、甘みを帯び、焚き進むにつれて花の香り、果実の香り、そして伽羅らしい独特の香りへと変化していく傾向があります。もう一つの大きな系統は白油系に由来するとされ、こちらは蜜香——甘い香りと乳のような香り——が主体です。ただし、この言われ方は産地や資料によって食い違います。産地でこれらの母樹が野生の伽羅と正面から比較検証されたことはありません。厳密に言えば、どれも産地と当店の経験からの判断です。同じ系統でも、母樹が違えば香りは変わります。当店の特撰では品種番号(1号・2号)でお出ししています。

緑油・白油の呼び分けについては、奇楠(きなん)とは?に書いています。

高産品種と低産品種 — 産地が品種をどう分けているか

ここからが、日本語ではあまり書かれていない話だと思います。

産地では品種を、高産品種(=収量の多い品種)と低産品種(=収量の少ない品種)に分けて考えます。当店が提携先で扱ってきた材では、この差は母樹の品種によるところが大きいと感じています。同じ期間、同じ手間をかけても、密度の高い樹脂を乗せられる品種と、そうでない品種があるのです。

高産品種は、短い期間で密度の高い樹脂が多く乗ります。一本の木から数百グラムの栽培伽羅が採れることもあります。歩留まりがよく、苗木も安い傾向があります。

ただ、香りのほうは付いてきにくいものが多く、厚みが出ない、単調に終わる、ゴムやタールを思わせる雑味が出る——当店が扱ってきた範囲では、そうした傾向が見られました(収量と香質の関係を一般化した研究データはありません)。

高産品種が市場で増えているのには、はっきりした理由があります。樹脂の凝結が早いので、数珠などの装飾品に加工しやすいのです。装飾品の市場で数珠は高値で取引されますから、収量の多い品種ほど利益が大きい。香木としての香りより、加工材としての歩留まりが求められる世界です。一方、産地の香木の取引の場では、こうした材は安く扱われています。

そして、この差は写真では見分けられません。 断面の樹脂はよく回って見えるし、水に入れれば沈む。だから市場では、高産品種のほうが選ばれやすいのです。

写真:高産品種と低産品種の断面(準備中)
どちらも樹脂はよく回って見えます。断面の写真では、高産品種と低産品種は見分けられません。

低産品種はその逆です。樹脂はなかなか乗らず、結香も遅い。同じ手間をかけて採れる量はずっと少ない。そのかわり、当店が扱ってきた材では、焚いたときの香りに変化と奥行きが感じられるものが多くありました。

当店は、香りを優先して系統を選んできました。その結果、扱う材は一貫して低産品種が中心です。そのうえで、低産品種のまま収量を引き上げる工夫——結香のさせ方や育て方の改良——は、産地と一緒に続けています。

野生の伽羅との香りの隔たりは、品種と、育てた年数と、管理と栽培の行き届き方によるもので、「栽培」であること自体から来るのではない、と当店は考えています。ただし研究の側では、野生材にのみ見られる系統のセスキテルペンがあるなど、栽培品と野生品のあいだの成分の違いも報告されています(Yang ら 2021)。この違いが品種や年数でどこまで説明できるかは、研究ではまだ確かめられていません。品種を選び直すことに意味があると当店が考えるのは、それでもこの差の多くは品種で動くと見ているからです。

ひとつ付け加えると、当店がお売りする材はすべて、雑味が少ないこと・香りが良いこと・樹脂が十分に乗っていること——この三つの釣り合いが取れているかを、提携農園からの仕入れの段階で確かめています。産地とともに数多くの品種を集めて選び、栽培試験を重ねてきたことが、この線引きのよりどころです。

当店は別の記事で、沈水は樹脂が詰まっていることの証しであって、それだけで香りの質までは決まらない、と書いています。理屈の話として書いたことですが、産地の側から見れば、もっと単純な事実です。安く沈む品種が実在する以上、「沈水=高品質」という等式は、そのままでは成り立ちません。香りが良く、そのうえ沈む——二つがそろって、はじめて高品質と言えます。

沈水すれば良い香木なのか

糖結 — もとは悪くない品種の名前が、質の低い材の代名詞になるまで

具体例を一つ挙げます。仕入れの現場で実際に使われている呼び名です。

糖結(とうけつ)。もともとは、一つの品種の名前です(樹脂の質感を表す語としての「糖結」とは別の使われ方で、当店が現地で聞いている呼称です)。樹脂の凝結が早く、収量が多いことで知られた高産品種の代表格で、断面を見れば樹脂が均一によく回り、水に入れれば簡単に沈む。育ちも早く、産地での値も安い。香りの変化は少ないものの、味わい自体は悪くない——本来は、そういう品種だと聞いています。

問題は、この名前が広く騙られたことです。樹脂の固まり方の見た目が似ているため、香りの良くない高産品種が「糖結」の名で大量に流通するようになりました。そうした模倣品を焚くと、沈香らしい香りはわずかに感じられる程度で、あとはタールを思わせる雑味が勝ち、良い香木が持っているはずの品の良さが出てきません。名前が模倣品に覆われた結果、いまでは産地の仕入れ現場で、「糖結」は質の低い高産品種の代名詞のように使われています。

当店は、仕入れで「糖結」の名で出てくる材を一度も選んだことがありません。

見せられたことは何度もあります。条件だけ並べれば、これほど売りやすい材はないと思います。沈む。油が乗って見える。原価が安い。沈水選別品として出せば、利幅は当店が扱っているどの材よりも大きくなります。

それでも取らないのは、この名前で出てくる材が本来の糖結か模倣品かを、外から確かめようがなく、当店の仕入れが香りをいちばん上に置いているからです。ここでは、品種の名前が香りの保証にならない一つの例として挙げました。

「糖結」という呼び名は、産地でも文脈によって指すものが変わります。本来の品種を指すこともあれば、その名を騙った材を指すこともあり、同じ字が樹脂の質感を表す語として使われることもあります。材を見るときは、売り手がどの意味で言っているのかを確かめたほうが確実です。

当店の産地は二つあって、役割が違います

当店は海南島と広東の二つの産地から材を仕入れています。仕入れ先を分散させているのではなく、役割が違うから二つあります。

海南島 — 量産の基地

海南島の提携農園は、量産の拠点です。海南島は気候が沈香樹に合い、まとまった面積の栽培環境が取れる土地で、性質の確かめられた安定した品種を、継続して量産するのに向いています。定番の香木は、すべてここから来ています。

等級を通常品と沈水選別品の二つだけにしているのは、量産の材をまとめて分けているからです。流れは決まっています。まず香りです。焚いて確かめ、香りの通った材だけを残す。次にその材を水に入れ、沈むかどうかという客観的な線で二つに分ける。そのうえで、沈んだ材は沈んだ材どうし、沈まなかった材は沈まなかった材どうしで、香りの違う複数の品種を当店の配合で合わせ、全体の香りをそろえます。それから倉庫でおよそ一年寝かせる。こうしてできるのが通常品と沈水選別品です。品種はあえて一つに絞りません。それ以上の細かい線を、当店は引けません。

定番の香木を見る

広東 — 育種の基地

広東の提携先は、性格が違います。ここは育種基地で、新しい品種を試験的に育てている場所です。拠点は一か所ではなく、海辺、丘、平地と、環境の違う場所に分かれています。

母樹を集め、接ぎ木や取り木(枝を親木に付けたまま発根させる殖やし方)で育て、結香させて、焚いてみる。それを繰り返しています。当然、期待どおりにならない母樹も出ます。それが分かるまでには、数年がかりの検証を一巡させることになります。

母樹の数は多く、提携先によれば、記録に残っている母樹の系統だけで千を超えるといいます(公的な品種登録簿はなく、確認できる統計はありません)。その中から、香りと収量の釣り合いが取れたものを見つけ出すのは、簡単なことではありません。

そして、たまに面白いものが出ます。

その中で良く育ったものが、当店の特撰品の中心になります。 量産ではないので、まとまった数は出ません。同じ品種でも、次に入荷する材が同じ性質になるとは限らない。特撰の入荷が不定期で、再入荷をお約束できないのは、そういう事情です。

特撰の香木を見る

買う側は、品種名をどう扱えばいいか

実際に買うときの話をします。

品種名は、香りの保証ではありません。

品種は、香りの傾向を決めます。ただしそこに、どこで育ったか、何年育てたか、どう結香させたか、採ってからどのくらい・どんな環境で寝かせたかが全部乗ります。同じ品種でも、出来上がるものは同じになりません。

ですから品種名は、順位ではなく、「そういう系統です」という情報として受け取るのがちょうどいいと思っています。

当店の書き方も、それに合わせています。

特撰品には、品種番号を書きます。 「1号品種」「2号品種」のような書き方です。元の品種名そのものは、糖結の例のように名前が騙られたり流用されたりするのを避けるため、公開していません。そのかわり、どこで育てたか、採ってからどう寝かせたかを、番号ごとに書き添えていきます。

定番品には品種名を書きません。 まず香りで選んだ量産の材を沈水で等級に分け、等級ごとに複数の品種を配合して、全体の香りを整えているからです。単一の品種名では言い切れません。

参考文献

よくあるご質問

栽培伽羅に「品種」があるのはなぜですか?

実生ではなく、母樹から穂木を取って接ぎ木で殖やすからです。接いだ枝は母樹の性質をそのまま受け継ぐので、系統が固定されます。品種名は、その母樹に由来します。

高産品種と低産品種はどう違いますか?

いちばんの違いは収量(樹脂の乗り方)です。同じ期間・同じ手間でも、樹脂の乗り方は品種で大きく変わります。高産品種は短い期間で密度の高い樹脂が多く乗り、一本の木から数百グラム採れることもあります。苗も材も安い傾向があります。当店が扱ってきた範囲では、高産品種は香りが単調になりがちで、低産品種は量が出ず結香も遅いかわりに、香りに変化と奥行きが感じられるものが多くありました(収量と香質の関係を一般化した研究データはありません)。当店は香りを優先して系統を選んでいて、その結果、扱う材は低産品種が中心になっています。

「糖結」の香木は買わないほうがいいのですか?

名前だけでは良し悪しを判断できない、というのが当店の考えです。当店は仕入れたことがありません。糖結はもともと、樹脂の凝結が早い高産品種の名前で、品種そのものは悪いものではないと聞いています。ただ、樹脂の固まり方の見た目が似ているために、香りの良くない高産品種がこの名で大量に流通し、いまでは産地の仕入れ現場で、質の低い高産品種の代名詞のように使われています。そうした材は焚くと香りが薄く、タールを思わせる雑味が勝つものが多いのです。この名前の下に何が混ざっているかを外から確かめようがないため、香りを最優先にする当店の仕入れでは選べません。

商品ページに品種名が書かれていないものがあるのはなぜですか?

定番(海南島産)は、まず香りで選んだ量産の材を、沈むかどうかで二つの等級に分け、等級ごとに複数の品種を配合して香りをそろえているため、単一の品種名では言い切れません。特撰品には品種番号を記載しますが、元の品種名は、名前を騙られたり流用されたりするのを避けるため公開していません。

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