香木の基礎

沈香と伽羅は何が違うのか — 同じ木で、呼び名が違う

伽羅(きゃら)とは、沈香のうちとくに樹脂の質が良く、香りが繊細なものを指す、日本の香道が最上位に置いた呼び名です。別の樹種ではなく、同じジンチョウゲ科の木から採れる香木です。白檀はこれとは系統の違う木で、沈香の仲間ではありません。

目次

同じ木です

まずここが誤解されやすいところなので、先に書きます。

伽羅と沈香は、同じ木から採れます。 ジンチョウゲ科アクイラリア属などの樹木の、樹脂を含んだ木部。それが沈香です。そのうちとくに良いものを、日本では伽羅と呼び分けてきました。

別の樹種の話ではなく、まずは等級の話です。ただ近年、産地で奇楠(きなん)と呼ばれる材については、その質の背後に「木の生まれ」が関わることも分かってきました(記事の後半で書きます)。

伽羅は沈香の中の呼び分けです。白檀だけが、別の系統の木になります。

一方で白檀は別の木です。ビャクダン科の常緑樹で、系統がまったく違います。削っただけで香りますが、沈香は熱を加えないとほとんど香りません。この一点だけでも、別物だと分かると思います。

「香木」という言葉が沈香・伽羅・白檀の三つをまとめてしまうので、はじめての方は混乱しやすい。実際には、二つの系統の話が混ざっています。

樹種と産地、そして材の状態

木は、一種類ではありません

沈香をもたらす木は、主にジンチョウゲ科アクイラリア属の樹木です(ほかにギリノプス属の木からも採れます)。属としては同じでも、種は一つではありません。ベトナムなどインドシナ半島では主に A. crassna、中国・海南島や広東では主に A. sinensis(白木香)、インドネシアでは複数の種が混在します。産地と樹種は一対一ではありません。シャム沈香・タニ沈香といった呼び名も、樹種名ではなく貿易上の呼び分けです(栽培伽羅の品種の記事)。

材の状態には、こう現れます

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一般的な沈香 伽羅とされる材
樹脂の質感 硬く、乾いている 柔らかく粘りがあり、爪が立つものもある
常温の香り ほとんど香らない かすかに香るとされる
香りの立ち方 高めの温度ではっきり立つ 低い温度から立つ

いずれも業界で言われてきた典型像で、数値で線が引かれているわけではありません(後述)。とくに「常温の香り」の行は、伽羅・奇楠系の材と普通の沈香を常温で比べた揮発量の測定を当店が調べた範囲では見つけられておらず、産地と業界の言い伝えと、当店で試した限りの実感にもとづく記述です。

何が伽羅を伽羅にするのか

では、沈香と伽羅の境目はどこにあるのでしょうか。

材の状態の違いは上の表のとおりです。それに加えて日本の香木業界では、香りの性格がこう言われてきました。

  • 香りに苦みと透明感がある。 沈香の甘さや重さに対して、伽羅は鼻に抜けるような苦さがあり、量が少なくても存在感がある、と表現されます(香道の五味では伽羅を「苦」に当てる説明が多い一方、伽羅だけは五味すべてに通ずるとする老舗の解説もあり、割り当ては流派や店によって異なります)。

産地についても、伽羅とされるものはベトナムのごく限られた地域から出る、とよく説明されます。

ただ——ここは正直に書きますが——これらは明文化された基準ではありません。 比重がいくつ以上、樹脂が何パーセント以上といった線引きはない。最終的には扱う人の判断です。伽羅の目利きが職人技として語られるのは、そういう事情によります。

境界線は、どこにあるのか

公的な規格の側から見ると、はっきりします。沈香は、香木であると同時に生薬でもあり、「ジンコウ」の名で規格が置かれています。厚生労働省が通知で定める「日本薬局方外生薬規格2022」(令和4年3月8日 薬生薬審発0308第1号)に「ジンコウ」の項があります。そこにあるのは、基原をアクイラリア属の「材,特にその辺材の材質中に黒色の樹脂が沈着したもの」と定める規定と、希エタノールエキス含量8.0%以上といった品質の規定までです。伽羅という等級は、この規格の中に存在しません。 六国も奇楠(きなん)も出てきません。なお当店の香木は香りを楽しむためのもので、医薬品ではありません。

つまり沈香と伽羅の境界線は、制度の中にはなく、香道の分類と老舗の目利き、そしてそれを受け継いだ取引の中にあります。嘘ではないが、規格でもない。「伽羅」という言葉を読むときは、誰がその線を引いたのかを意識しておくと、値段の桁の意味が分かります(最も高級な香木については、別の記事に書く予定です)。

産地では、別の物差しで見ています

面白いのは、産地の香木業界にも同じ位置の概念があることです。奇楠(きなん、チーナン)がそれにあたります。栽培伽羅の主な産地である中国(海南島・広東)で使われてきた呼び名です(ベトナムでも試験的な栽培が行われてきました)。

産地には「沉香木上结沉香、沉香顶上长奇楠」——沈香樹に沈香が結び、沈香の頂点に奇楠が生じる——という言い方が伝わっています。奇楠は樹脂が豊かで香りが独特とされ、産地の市場では沈香の最上位に置かれます。日本の伽羅と役割の似た言葉ですが、由来する評価体系は別で、同じものとしては扱えません。

見ている物差しは少し違います。日本の香道は香りの性格で六国(伽羅・羅国・真那賀・真南蛮・寸門多羅・佐曽羅)に分け、五味(甘・酸・辛・鹹・苦)で味わいを言い表してきました(江戸期の香書を集めた『古事類苑』遊戲部「聞香」に、六国と五味についての記述がまとまっています。名称の漢字は資料によって揺れがあり、当店は「真那賀」「寸門多羅」で統一しています)。産地の業界では樹脂の状態を軸に、硬さで軟油・硬油、色で白油・緑油・紫油・黒油といった分け方をします。

同じ木を、香りの性格から見るか、樹脂の状態から見るか。物差しが違うだけで、どちらが正しいという話ではありません。

奇楠の分類については別に書きました。奇楠(きなん)とは?

科学が見はじめたこと

では、なぜ同じ属の木のあいだで、これほどの違いが生まれるのか。手がかりは、いま見てきた「奇楠」を対象にした近年の研究にあります。

産地で奇楠と呼ばれてきた58点の種質をDNAバーコーディングで調べた研究は、それらがいずれも沈香樹(A. sinensis)だったと報告しています。ただし同じ研究は、この方法では奇楠の種質どうしの違いまでは解けなかったとも書いています(Kang ら 2022)。種内で分化した特定の系統群だという推定は、別の研究によるものです。191点の種質を対象にした全ゲノムの再解析で、奇楠系統は約10万年前に一般の白木香から分かれたと推定されました(Lv ら 2025)。同じ研究は、奇楠系統が栽培の中で生まれた変異ではなく、もともと野生の中で見いだされ、接ぎ木で受け継がれてきたものだという前提に立っています。この系統は、傷への反応の仕方そのものが一般の白木香と違うことも報告されており(Lv ら 2022)、ある比較研究では、樹脂の浸出物やクロモン類(香りのもとになる成分群)が通常の材より顕著に多いという結果が出ています(Chen ら 2023)。

つまり、「木の生まれ」——遺伝的な系統——が土台にある。ここまでは見えてきました。ただし、樹脂ができるにはやはり傷が要り、微生物の関与も報告されています(Li ら 2024)。遺伝と、傷と、微生物と、環境。どれがどれだけ効いているのかは、まだ切り分けられておらず、研究は現在も進行中です。

そして、ここが大事なところですが——これらは中国の栽培奇楠系統で分かってきたことです。ベトナムの野生の伽羅そのものの成因を直接調べた研究は、ほとんどありません。 野生の伽羅は、いまも科学の手前にあります。

値段の桁が変わる理由

野生の伽羅は、山田松香木店・香源の公開価格で、刻・割が1gあたり26,400〜88,000円、末・粉末が16,500〜49,500円で売られています(税込、2026年8月24日・当店調べ)。沈香(野生・栽培の表示なし。店頭表記は「沈香」など)は、高野山大師堂・林龍昇堂の公開価格で、刻が1gあたり32〜3,300円、割が528〜5,280円で売られています(税込、同日・当店調べ。複数店をまとめた幅です)。この幅は等級の差をすでに含んだもので、銘のついた名香になると、この幅の外に出ます。

同じ店の同じ形で比べた数字もあります。山田松香木店の価格表(2024年1月1日改定、税抜。2026年8月23日閲覧)では、角割の伽羅AAが1gあたり30,000円、沈香AAが1,350円で、約22倍でした。各店の数字は、別の記事に店名つきでまとめる予定です。

差を広げているのは、品質だけでなく、供給量でもあると思っています。

野生の材のうち、伽羅とされる条件がそろったものは、偶然の産物です。適した木が、適した傷を受けて、菌などの関与を経て、何十年か放置される。狙って作れるものではありません。そこにワシントン条約(CITES)の規制が加わります。野生の伽羅は貴重で、使われるにつれて、年々少なくなっています。

需要が変わらないまま供給が細れば、値段は上がります。

それで「栽培伽羅」とは何なのか

当店が扱っているのは、ここまで見てきた野生の伽羅ではありません。そこははっきりさせておきます。

中国・海南島や広東で、人の手で結香させた沈香のうち、産地で樹脂と香りの質が高いとされる系統のものを、日本市場では「栽培伽羅」と呼んでいます。香道の六国分類でいう伽羅ではなく、市場での呼び名です。

なぜこの言葉が使われるようになったかというと、ほかに呼びようがなかったからだと思います。「栽培沈香」だと、この系統ならではの香りと低温での立ち上がりが伝わらない。かといって産地の呼び名は日本語として通じない。それで生まれたのが「栽培伽羅」という呼び名です。野生の伽羅の名を借りるためではなく、この系統の香りの性格を伝えるための名だと、当店は考えています。

当店はこの呼び名を使っていますが、必ず「栽培」を付けます。「伽羅」とだけ書くことはしません。野生の伽羅の代わりになるとも言いません。別の材です。 そのうえで、香木を日々惜しまず焚きたい方のための材だと思っています。

栽培伽羅とは?野生の伽羅との違いと、選ぶときに見るべきこと

買う前に決めておくといいこと

沈香か伽羅かで迷っている方に、一つだけ。

どのくらいの頻度で焚くつもりかを先に決めたほうがいいと思います。

年に数回、特別なときだけ——であれば、野生の良いものを少量というのは合理的です。一方、週に何度も焚きたい、部屋に香りを置いておきたい、というのであれば、1gあたり数万円の材ではどうやっても続きません。

香木は、焚いてこそ香りが楽しめるものです。だから、惜しまず焚き続けられる価格帯を選ぶのが、結局いちばん良い。当店はそう考えています。

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参考文献

よくあるご質問

伽羅と沈香は違う木ですか?

同じ木です。どちらもジンチョウゲ科アクイラリア属などの樹木にできた樹脂を含む木部を指します。伽羅は沈香の中の呼び分けであって、別の樹種ではありません。

では何が違うのですか?

樹脂の質と香りの立ち方です。伽羅とされるものは柔らかく、樹脂を多く含み、低い温度から香りが立ちます。一般的な沈香は硬く、香りに重さがあります。ただし、その境目に明文化された基準はありません。最後は扱う人の判断です。

なぜ同じ木から伽羅が生まれるのですか?

産地で「奇楠」と呼ばれる材の研究では、沈香樹の種内で分化した特定の系統が接ぎ木で受け継がれてきたと推定されており、樹脂や香り成分の蓄積が通常の材と大きく違うという報告もあります。ただし樹脂ができるには傷が要り、微生物の関与も報告されており、何がどれだけ効いているかは研究が進行中です。ベトナムの野生の伽羅の成因を直接調べた研究は、ほとんどありません。

沈香と伽羅の境目はどこですか?

公的な規格には境目がありません。厚生労働省の「日本薬局方外生薬規格2022」は、ジンコウをアクイラリア属の材のうち樹脂が沈着したものと定めるだけで、伽羅という等級も六国も置いていません。境目は香道の分類と老舗の目利き、そしてそれを受け継いだ取引の中にあります。

白檀も香木ですよね?

香木ですが、別の樹種です。白檀はビャクダン科の常緑樹で、沈香・伽羅とは系統がまったく違います。火を点けなくても香るのが白檀、熱を加えてはじめてはっきり香るのが沈香、というのが分かりやすい違いです(樹脂の多い奇楠系の材は、当店で試した限り、常温でもかすかに香ります)。

「栽培伽羅」は伽羅ですか?

香道の六国分類でいう伽羅ではありません。産地で樹脂と香りの質が高いとされる系統の栽培沈香を、日本市場で「栽培伽羅」と呼んでいます。当店はこの点を明示したうえで販売しています。

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