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香木を焚くときの煙と換気 — 研究が示していること

香木も線香も燃やせば煙が出ます。研究で粒子や発がん性の分類がある物質が測られたのは、線香やお香の煙です。市販の線香類を調べた研究では48物質が検出されました。電子香炉で温める焚き方(当店の材では80〜120℃が目安)は燃焼ではなく、同じ測定はされていません。研究が測ったことだけを、条件つきで並べます。

目次

結論から — 燃やせば出ます。温めるのとは、別の話です

「お香を焚くと発がん性物質は発生しますか」という問いに、正直に答えます。

線香やお香を燃やせば、出ます。 市販の線香類を測った研究で、ベンゼン、ホルムアルデヒド、1,3-ブタジエンといった、国際がん研究機関(IARC)がヒトに対して発がん性があると分類している物質が検出されています。ただし、出る量は線香の種類と部屋の換気で大きく変わります。そして「出る」ことと「害がある」ことのあいだには、量と時間の話があります。

もう一つ、この問いには前提があります。測られているのは、ほぼすべて線香やお香を燃やした煙です。香木を電子香炉で温める焚き方は燃焼ではなく、同じ測定はされていません。当店が扱っているのは香木で、香炉のページに「煙が出るので換気してください」と書き、焚き方のページにも換気の項を置いています。この記事は、その一言の裏にある研究を、条件を落とさずに並べたものです。

この記事は、安全だとも危険だとも言いません。研究が何を測ったかを書き、判断は読む方に委ねます。

何が測られてきたのか — 線香の煙の実測

市販の線香類12試料。 東京都健康安全研究センターの研究者が、市販の線香類12試料を燃やし、放出される物質を測定しました(大貫ら 2015)。検出されたのは48物質で、放出量が多かったのはアセトアルデヒド、イソプレン、酢酸、アクロレイン、ベンゼンなどでした。

同じ研究は、20m³の部屋で換気回数0.5回/h(1時間に部屋の空気の半分が入れ替わる速さ)のもと1時間燃やした場合の室内濃度を推定しています。ベンゼンが11〜77μg/m³、1,3-ブタジエンが4.8〜14μg/m³、アセトアルデヒドが22〜160μg/m³で、アセトアルデヒドについては室内用9試料のうち6試料が厚生労働省の室内濃度指針値を超えると推定されました。

この研究で、もう一つ大事な結果があります。煙が「ほとんどない」とうたう線香の放出量は、「ふつう」の線香の約25%でした。 研究者は結論として、線香の煙による室内の化学物質の濃度上昇を抑える方法の一つは、煙の少ない線香を選ぶことだと書いています。煙の少ない線香は放出量も少なかった、ということです。

粒子の量。 米国環境保護庁の研究者が23種類の線香を測った研究では、PM2.5(微小粒子状物質)が燃やした線香1gあたり5〜56mg出ていました(Jetter ら 2002)。線香の煙に関する総説は、線香の粒子排出量を1gあたり45mg以上と整理し、同じ「1gあたり」で比べるとたばこの10mgより多いとしています(Lin ら 2008)。数字に幅があるのは、測った線香の種類が違うからです。

ただし、たばことの比較は燃やした重量あたりのもので、一回に燃やす量も、煙を直接吸い込むかどうかも違います。どちらが有害かを比べた数字ではありません。同じ総説にある寺院内の粒子濃度の実測値は、日常的に大量に焚く特殊な環境のもので、家庭にそのまま当てはまりません。

線香を1時間燃やした部屋の推定濃度(大貫ら 2015)と、公的な指針値・基準値を同じ目盛に並べた図です。推定値は燃やした直後の値、指針値・基準値は年平均や生涯平均なので、そのまま比べられる数字ではありません。

公的な指針値・基準値と並べてみる

数字だけ見ても大きいのか小さいのか分からないので、公的な基準と並べます。ただし、基準の多くは年平均や生涯平均で、線香の推定値は1時間燃やした直後の値です。単純に比べられる数字ではない、という前提で読んでください。

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物質 線香1時間燃焼後の推定室内濃度(大貫ら 2015) 公的な値
アセトアルデヒド 22〜160μg/m³ 厚生労働省 室内濃度指針値 48μg/m³
ベンゼン 11〜77μg/m³ 環境省 大気環境基準 年平均 3μg/m³。WHOは「これ以下なら安全」という量は示せないとしたうえで、生涯浴び続けると、がんになる人が1万人に1人増える計算になる濃度として17μg/m³を挙げている
1,3-ブタジエン 4.8〜14μg/m³ 厚生労働省の室内濃度指針値なし。環境省 有害大気汚染物質の指針値 年平均 2.5μg/m³
ホルムアルデヒド 検出(量は試料で大きく異なる) 厚生労働省 室内濃度指針値 100μg/m³(30分平均値)

推定の条件をもう一度書きます。20m³(天井の高さ2.4mなら床面積8m²ほど、五畳間くらい)の部屋、換気回数0.5回/h、1時間の燃焼。この0.5回/hは、2003年に施行された改正建築基準法で住宅の居室に義務づけられた24時間換気の基準そのものです(国土交通省)。つまり上の推定値は、法定の換気が回っている部屋での値です。

温度で分かれます — 燃やす帯と、温める帯

ここからが、香木を扱う店として書いておきたいところです。

線香の燃えている先端の表面温度を熱画像で測った研究では、約630〜650℃と報告されています(Sowriraajan ら 2023。木粉40%・木炭45%を配合したインドの線香での測定で、椨粉を基材にする日本の線香とは配合が違います。表面温度が490℃を下回るとくすぶり自体が止まる、とも書かれています)。線香の残渣を熱分析した別の研究では、主な重量減少は185〜477℃の帯で起きています(Wen ら 2021)。木部を構成するヘミセルロースの熱分解は主に220〜315℃、セルロースは315〜400℃で起きます。リグニンだけは160℃あたりから900℃まで、広い範囲でゆるやかに分解します(Yang ら 2007)。香木を灰や炭の上に直接置いて焚くのも、燃やす焚き方です。香木そのものの燃焼温度を測った研究は当店が調べた範囲では見つかっていませんが、煙が出ている以上、木部の熱分解の帯に入っていると考えられます。

一方、電子香炉で香木を温める焚き方は、温度が違います。当店の実測では、当店の材は80〜120℃が目安で、150℃を超えたあたりから焦げた匂いが混じります(機器分析ではなく、当店で焚いて確かめた範囲の話です)。

栽培の接ぎ木で育てた奇楠(きなん。伽羅とは判定の基準が異なる、産地の呼び名です)を熱分析した研究は、香りの成分が出る過程のほとんどが200℃未満で進むと報告し、40℃、100℃、180℃で香気成分を測定しています(Chen ら 2020)。沈香を150℃で30分加熱して出た香気(論文では香煙)を分析した研究では、奇楠の材から40の化合物が検出され、その約半分は芳香族化合物とセスキテルペン類でした。クロモン類(2-(2-フェニルエチル)クロモン誘導体)が検出されたのは、比べられた四種のうち奇楠の材だけで、この材ではもっとも多い成分(27.23%)でした。ベトナム・ラオス・カンボジアの材の香気からは、クロモン類は検出されていません(Kao ら 2018)。どちらも当店の材を測ったものではありません。

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電子香炉で温める 灰・炭の上に直接置いて燃やす(線香を含む)
温度帯 当店の実測では80〜120℃が目安(研究の測定点は40・100・180℃) 線香の燃焼部の表面温度は約630〜650℃(木炭を配合したインドの線香での測定)。線香の残渣の熱分析では、主な重量減少は185〜477℃
木部の熱分解 主成分(ヘミセルロース・セルロース)の分解は起きない。ヘミセルロースは主に220〜315℃、セルロースは315〜400℃(Yang ら 2007) 起きる
煙 当店で試した限り、80〜120℃では見えない(150℃超で焦げた匂い) 出る
主に測られてきた成分 セスキテルペン類、クロモン類などの香りの成分 粒子状物質と、ベンゼン、アセトアルデヒド、アクロレインなど48物質

聞香(もんこう=雲母の薄い板「銀葉」を隔てて香木を温め、小さな一片の香りを聞く、香道の聞き方)は、香木を直接燃やす焚き方ではないので、右の列には入りません。また右の列の温度・物質の数値はいずれも線香で測られたものです。香木を灰や炭の上で焚いたときの実測で、当店が数字として使えると判断したものは見つかっておらず、香木で同じ値になるとは限りません。なお同じ「燃やす」でも、熾した炭の上に載せる焚き方は炎を立てないぶん、当店で試した限り、煙は直接火を点ける場合よりずっと控えめです。

この表には、読むときの注意がいります。 右の列で測られた物質が、左の列では出ないことを確かめた研究は、当店が調べた範囲ではありません。左の列の研究は香りの成分を測ったもので、ベンゼンや粒子を測っていません。

近いものが一つあります。同じ装置で、線香に火を点けた場合と、香の粉を電気で200℃に温めた場合を、それぞれ30分ずつ測り比べた研究です(岳ほか 2025)。気体と粒子に含まれる有機化合物の総量は、燃やしたほうが温めたほうより多く、たとえば気体のベンゼン類は、燃やした線香で6,753μg/m³と3,663μg/m³、温めた香の粉で361μg/m³と88μg/m³でした。桁が違います。ただし温めたほうも、ゼロではありませんでした。粒子に含まれる成分の顔ぶれは、燃やした場合と似ていたとも書かれています。

この研究が使ったのは配合された香の粉で、香木そのものではありません。温度も200℃で、当店の目安の80〜120℃より高い温度です。測ったのは部屋の空気で、電子香炉そのものではありません。試料は4点だけで、分析方法を作ることが主な目的の論文です。それでも、温めれば出ないという話ではない、ということは言えます。当店で試した限り、左の列の温度では煙は見えませんが、それを安全性の根拠として書くことは、当店はしません。

温める焚き方と燃やす焚き方は、温度帯が重なりません。煙が見えるかどうかは、ここで分かれます。

換気は、焚いているあいだだけでは足りません

「どれくらい換気すればいいか」を考える手がかりになる数字を出している研究があります。

換気のない部屋で線香を燃やした実験では、粒子の総濃度は燃え終わった時点で燃やす前の最大30倍に達し、線香が燃え尽きてから100分たっても、元の水準に戻りませんでした(Višić ら 2018)。100〜700nm(ナノメートル)の粒子は100分を超えて残り、それより小さい粒子は数十分で減ります。

米国カリフォルニアの一戸建て住宅で測った研究もあります。調査のあいだ住人はおらず、内側の扉は開けたまま、外側の扉と窓を閉め、機械換気も空調も止めた条件です。ラベンダーとダグラスファーの線香を2本ずつ、約60分かけて燃やす実験を5回行い、台所で6時間ずつ粒子を集めました。装置で成分まで分けられた有機成分の質量濃度は、6時間の平均で、線香を焚いていないときの室内の水準の4.6〜7.9倍でした(Ofodile ら 2024)。同じ研究は、燃やした線香1gあたり7〜31mgの有機微小粒子(PM2.5)が出たとしており、これは他の線香の研究で報告されている範囲に収まる、と書いています。

二つの研究が示すのは別々のことです。換気を止めた部屋で線香を焚くと、有機の微小粒子の濃度が焚いていないときの数倍になること(Ofodile ら)と、焚き終わったあとも粒子が長く残ること(Višić ら)。合わせると、換気は焚き終わったあとも続ける、ということになります。当店からのお願いは、焚いているあいだは窓を少し開けておき、焚き終わったあともしばらくは窓を開けるか換気扇を回して、換気を続けることです。研究が示す「100分」は換気のない部屋で測られた数字なので、換気をすればこれより早く下がると考えられます。換気をした場合にどれくらいで下がるかを測った数字は、調べた範囲では見つかりませんでした。焚き終わった時点で換気を止めるのは早い、というのがこの数字から言えることです。

冬に窓を開けにくいときは、換気扇のある部屋で焚く、寝室では焚かない、という選び方もあります。炭を使う焚き方では、炭そのものも燃えているあいだ一酸化炭素を出すので、閉め切った部屋では焚かないでください。部屋の広さと換気に合わせて、燃やす焚き方にするか、温める焚き方にするかを選べます。温める場合も、換気を省いてよいと示した研究は、調べた範囲では見つかっていません。

換気のない部屋で線香を焚き始めてから、焚き終わったあと100分までの粒子濃度の変化(Višić ら 2018 を模式化したもので、実測の再現ではありません)。燃え尽きてからも、元の水準には戻っていません。

「発がん性物質」という言葉の使われ方

検索で出てくる「お香は発がん性物質」という言い方について、整理しておきます。

IARCは、「お香の煙」そのものを評価していません。分類があるのは個々の化学物質で、線香の煙から検出された物質のうち、ベンゼン、ホルムアルデヒド、1,3-ブタジエンはグループ1(ヒトに対して発がん性がある)、アクロレインは2021年にグループ2A(おそらく発がん性がある)に分類されました。市販の線香類の研究(大貫ら 2015)も、検出された物質について「人への発がん性を有する3物質を含む」という言い方をしています。「お香は発がん性物質」ではなく、「煙に含まれる物質のいくつかに発がん性の分類がある」が、正確な言い方です。

疫学の研究も一つ引いておきます。シンガポールに住む中国系の6万1,320人(45〜74歳)を、1993〜1998年から2005年まで追跡した研究です。追跡のあいだに上気道のがんが325例、肺がんが821例確認されました。お香を使うことは、上咽頭を除く上気道のがんのリスク上昇と結びついていましたが、肺がん全体では差は認められませんでした。使ってきた期間と量が増えるほど、呼吸器全体の扁平上皮がんが増える傾向があり、長く使ってきた人の扁平上皮がんの相対危険度は1.8(95%信頼区間1.2〜2.6)でした(Friborg ら 2008)。これは家庭で日常的に、長年にわたってお香を焚く習慣のある集団での結果です。焚く量や時間、住まいの換気は家庭ごとに違うので、日本で仏壇に一日一本の線香を上げる人や、月に数回香木を焚く人に、この数字をそのまま当てはめることはできません。この結果を「お香でがんになる」と要約するのは誤りで、逆に「関係ない」と言い切るのも誤りです。

当店が「換気してください」と書いている理由

香炉と道具のページに、当店は「煙が出るので換気してください」と書いています。沈香・香木の焚き方には換気の項を短く置きました。その裏にあるのが、この記事で並べた研究です。

当店は、香木の効能を主張しません。同じように、安全性も主張しません。当店の材を燃やしたときの粒子や化学物質を測ったデータは、持っていません。香木そのものを灰や炭の上で燃やしたときの実測で、当店が数字として使えると判断したものは、調べた範囲では見つかりませんでした。あるのは線香とお香のデータで、香木にそのまま当てはめることはできません。

それでも、燃やせば煙が出ることと、煙には燃焼由来の物質が含まれることは、香木でも変わりません。だから換気をお願いしています。温める焚き方なら、当店で試した限り煙は見えません。ただしそれは燃やしていないからで、安全の証しではありません。

焚き方を選ぶときの材料として、この記事を置いておきます。

参考文献

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よくあるご質問

お香の煙は体に害がありますか?

この記事では害の有無を判断しません。研究で測られているのは、線香を燃やしたときに粒子状物質と、ベンゼンやアセトアルデヒドなどの化学物質が出ること、そしてその量が線香の種類と換気の条件で大きく変わることです。煙の少ない線香は放出量も少ないという結果が報告されています。

お香を焚くときは換気なしでもいいですか?

換気はしたほうがよい、というのが研究の示すところです。換気のない部屋で測った研究では、粒子の濃度が燃やす前の最大30倍に達し、燃え尽きてから100分たっても元に戻りませんでした。2003年7月以降に着工した住宅には換気回数0.5回/hの機械換気が義務づけられていますが、市販の線香類を測った研究は、この換気を前提にしても、室内用9試料のうち6試料でアセトアルデヒドが厚生労働省の指針値を超えると推定しています。

お香を焚くときはどれくらい換気したらいいですか?

焚いているあいだだけでなく、焚き終わったあとも換気を続けてください。換気をした部屋で粒子が何分で下がるかを測った研究は、調べた範囲では見つかっていませんが、目安になる数字は二つあります。一つは住宅の24時間換気の法定基準で、1時間に部屋の空気の半分が入れ替わる0.5回/hです。もう一つは研究の結果で、換気のない部屋では線香が燃え尽きてから100分たっても、粒子が元の水準に戻りませんでした。

電子香炉なら煙は出ませんか?

当店で試した限り、当店の材を目安の80〜120℃で温めているあいだは、煙は見えません。電子香炉は香木を燃やさずに温める道具ですが、150℃を超えると焦げた匂いが混じります(当店の実測)。木部の主成分であるヘミセルロース・セルロースの熱分解が起きるのは主に220℃以上(Yang ら 2007)とされます。燃焼で測られている物質が温める焚き方では出ないことを確かめた研究は、当店が調べた範囲ではありません。同じ装置で線香に火を点けた場合と香の粉を電気で200℃に温めた場合を比べた研究では、有機化合物の総量は温めたほうが少なく、気体のベンゼン類では桁が違いましたが、ゼロではありませんでした(岳ほか 2025。配合された香の粉を200℃で温めた測定で、香木そのものではありません。測ったのは部屋の空気です)。煙が見えないことと安全であることは、別の話として読んでください。

香木そのものを燃やしたときのデータはありますか?

当店が数字として使えると判断した実測は、線香やお香のものだけでした。香木の煙の成分を測ったとする報告も見かけますが、火の点け方など条件の記載が足りず、当店は数字としては使いません。線香やお香の実測を香木にそのまま当てはめることもできません。香木を燃やすときも煙は出るので、換気の考え方は同じです。

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