香木の基礎
沈香とワシントン条約 — 海外から買う前に
沈香樹(アクイラリア属)とギリノプス属は、ワシントン条約(CITES)の附属書IIに掲載されています。附属書IIは取引の禁止ではなく、国際取引に輸出国の許可書を必要とする区分です。栽培された木から採れた沈香も、この対象から外れません。
これは脅かすための記事ではありません
先に立場を書いておきます。
海外の産地から直接買えば安い。これは事実です。同じような材が、日本の店頭の何分の一かで出ていることは珍しくありません。だから海外通販を見ている人がいるのは自然なことだと思います。
ただ、届かないことがあります。届かないどころか、手元に戻ってこないこともあります。
そのことを知らずに注文して、荷物が消えてから調べ始める人を減らしたい。それがこの記事の目的です。買うなという話ではなく、買う前に確かめてほしいという話です。
沈香は附属書IIに載っています
ワシントン条約(CITES、絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約)には、附属書I・II・IIIという3つの区分があります。
沈香を産する木は、このうち附属書IIに掲載されています。対象はジンチョウゲ科のアクイラリア属(Aquilaria)全種と、ギリノプス属(Gyrinops)全種です。属の全種が対象になったのは2005年に発効した改正によるものです。それ以前から、一部の種は個別に掲載されていました。
附属書IIは、取引を禁止する区分ではありません。国際取引をするときに、輸出国政府が発行する許可書を必要とするという区分です。ここは誤解されやすいところです。「沈香は禁止されている」という言い方をときどき見かけますが、正確ではありません。書類が要る、というだけです。
栽培品も、免除されません
ここがいちばん行き違いの多い点だと思います。
附属書IIは、野生か栽培かで分けていません。 人工的に繁殖させた木から採れたものであっても、国際取引には輸出国が発行する書類が必要です。人工繁殖であることを証明する様式が別にある、という違いはありますが、書類が要らなくなるわけではありません。
当店が扱っているのは栽培された沈香ですが、これも同じ対象です。中国から日本へ入れるときには、当然その手続きを経ています。
「栽培品だからワシントン条約は関係ない」と書いている売り手がいたら、そこは疑ってかまいません。栽培伽羅の見分け方に書いた「売り手に確認する4つ」と同じ話で、答えられるかどうかが判断材料になります。
注釈 #14 — どこまでが対象か
属の掲載には「注釈(annotation)」が付いていて、その属のどの部分・どの製品が対象になるかを決めています。アクイラリア属とギリノプス属に付いているのが注釈 #14です。
原則は「すべての部分および派生物」が対象。そのうえで、いくつか除外が置かれています。当店が把握している範囲では、外れるのは次のようなものです。
- 種子および花粉
- 無菌容器で輸送される、in vitro で得られた実生または組織培養
- 果実
- 葉
- 使い終わった沈香の粉(exhausted agarwood powder。圧縮成型されたものを含む)
- 小売販売用に包装された完成品。ただし、木材チップ・ビーズ・数珠・彫刻品はこの除外に含まれない
読んでいただくと分かるとおり、小片や塊のままの香木は、除外のどこにも当てはまりません。 未使用の香木の粉も同じです。つまり、香木として焚くために買うものは、まず対象だと考えてください。
なお、注釈の条文は締約国会議で改正されることがあります。この記事に書いたのは当店が把握している内容ですが、実際に何かを送る・受け取る前には、経済産業省や税関が公表している最新の資料で確認してください。当店は条文の解釈について責任を負える立場にありません。
海外通販で買うと、荷物に何が起きるか
順を追って書きます。ただし、細部の手続きについては当店が正確に説明できる範囲を超えます。断定を避けている箇所は、そのまま税関に確認してください。
1. 荷物は税関で止まります
国際郵便であれ宅配便であれ、日本に入ってくる荷物は税関を通ります。品名に沈香・agarwood・oud といった記載があれば、条約の対象品として確認されます。
品名を書き換えれば通る、という話をどこかで見るかもしれませんが、それは虚偽申告です。当店がお勧めできることではありません。
2. 書類がなければ通関できません
必要なのは、輸出国政府が発行した CITES の許可書です。これは荷物に付いてくるものであって、あとから日本側で取れるものではありません。
売り手に「CITESの書類は用意します」と言われた場合でも、それが本当に発行されたものか、荷物に添付されているかは、届くまで分かりません。加えて、日本側にも輸入のための手続きが必要になる場合があります。輸出国側の書類だけで話が終わるとは限らない、というのがここでの注意点です。
具体的にどの手続きが必要かは、品目・数量・目的によって変わります。ご自身の事案として税関に確認してください。
3. 通らなかった場合
返送されるか、税関に留め置かれるか、場合によっては没収されることがあります。返送になるとしても、送料は買った側の負担になるのが通常です。支払った代金が戻るかどうかは、売り手との話になります。
つまり、うまくいかなかったときの損失は、買った側にほぼ全部乗ります。 ここが海外通販の価格差を考えるときに抜けやすいところだと思います。
持ち込み・持ち出しも同じです
通販に限った話ではありません。
海外へ行って香木を買い、手荷物で持ち帰る場合も、国境をまたぐ以上は同じ枠組みに入ります。お土産物として売られていたから大丈夫、という理屈は通りません。
逆方向も同じです。日本国内で買った香木を引っ越しや旅行で国外へ持ち出すときは、日本からの再輸出という扱いになります。海外へ移る予定のある方は、この点を頭に置いておいてください。
「少量なら」「個人使用なら」例外がある、という説明を見かけることがあります。条約にそうした考え方の規定があるのは確かですが、それがどの品目にどこまで適用されるかは国によって違います。当店は断定できる立場にないので、大丈夫だとも駄目だとも書きません。税関に確認してください。
当店が海外発送をしていない理由
同じ話の裏側です。
日本から国外へ香木を送ることは、条約の枠組みでは再輸出にあたります。すでに一度輸入されたものを、また国外へ出すからです。そのための手続きと書類が必要になります。
少量の注文ごとに手続きを取るのは、当店の規模では現実的ではありません。そのため、配送についてに書いているとおり、発送は日本国内のみとしています。大口・業務用の卸のご相談についても同様で、国内の在庫からのお渡しに限っています。
これは当店の都合です。海外にお住まいの方には申し訳ないのですが、できないことをできると言うほうが問題になると考えています。
国内在庫から買うということ
当店が「日本国内(福岡)の在庫から発送します」と案内しているのは、この記事に書いてきたことの裏返しです。
書類の手続きは、当店が輸入した時点で終わっています。お客様の荷物は国内を動くだけなので、通関を待つ必要も、書類を確かめる必要もありません。税関で荷物が止まる事態は起こりません。
ただし、ここははっきり書いておきます。国内在庫であることは、香りの良し悪しとは何の関係もありません。 手続きが済んでいるという事務的な話です。当店の香木がいいかどうかは、加工工程や選別の基準のほうを読んで判断してください。
海外から直接買えば安いのは事実だと、この記事の最初に書きました。その差額と、荷物が届かない可能性と、手続きにかかる手間。どれを取るかは買う側が決めることです。
確かめる先
条約や輸出入の手続きについて、正確な情報を持っているのは当店ではありません。
- 品目が対象かどうか、必要な書類は何か — 税関
- 輸入承認などの手続き — 経済産業省
- 輸出国側の許可書 — 相手国の管理当局
当店に聞かれても、この記事以上のことはお答えできません。そこは正直に書いておきます。
はじめて香木を買う場合の順序ははじめて香木を買う人へに書きました。海外から買うかどうかを考える前に、決めておいたほうがいいことがあります。
よくあるご質問
栽培された沈香ならワシントン条約の対象外ですか?
対象外にはなりません。附属書IIは野生か栽培かで分けていません。人工的に繁殖させた個体に由来するものでも、国際取引には輸出国が発行する書類が必要です。栽培品だから自由に送れる、という説明を見かけたら疑ってください。
海外の通販サイトで香木を買うと、どうなりますか?
荷物は税関で確認されます。必要な書類がそろっていなければ通関できません。返送されるか、留め置かれるか、場合によっては没収されることがあります。具体的にどうなるかは事案によりますので、買う前に税関に確認してください。
少量なら大丈夫ですか。個人使用でも同じですか?
「少量なら」「個人使用なら」という説明はよく見かけますが、当店は大丈夫だと断言できる立場にありません。適用される例外の範囲は品目と国によって異なります。実際に買う前に、税関にご自身の事案として確認してください。
天香屋は海外へ送ってくれますか?
承っておりません。日本から国外へ出す場合は再輸出にあたり、そのための手続きが必要になるためです。発送は日本国内のみです。
国内の店から買えば手続きは要りませんか?
日本国内での売買には、条約に基づく輸出入の手続きは関係しません。すでに輸入された在庫を国内で受け取るだけだからです。ただし、買ったものをあとから国外へ持ち出す場合は、そのときに手続きの問題が発生します。