香木の基礎

沈水すれば良い香木なのか — 沈む・沈まないの話

沈水(じんすい)とは、香木を水に入れたときに沈むことをいいます。木部そのものは水より軽いため、樹脂が空隙を埋めて全体の比重が1.0を超えると沈みます。つまり沈水は樹脂量が多いことの証しであって、香りの質そのものを保証するものではありません。

目次

まず物理の話から

沈香の木部そのものは、水に浮きます。沈香樹はジンチョウゲ科の樹木で、樹脂の沈着していない材の比重は0.3〜0.5程度。ふつうの木材です。

そこに樹脂が沈着していきます。細胞の内腔や道管などの空隙が樹脂で埋まっていくと、同じ体積あたりの重さが増えます。比重が1.0を超えたところで、その材は水に沈みます。

沈水とは、それだけの話です。神秘的な現象ではありません。

平らに切った栽培伽羅の材。明るい褐色の木部に、樹脂の濃い縞が走っている
特撰の材の例。明るい褐色のところが木部、濃い縞が沈着した樹脂です。この縞が増えるほど重くなり、やがて水に沈みます。
図:沈水の原理

産地の市場には細かい呼び分けがある

日本では「沈む/沈まない」の二分でだいたい済ませますが、産地の香木市場ではもう少し細かく分けます。

完全に沈むものを沈水、水面下に沈みかけて止まるものを半沈、浮くものを浮水。さらに「九分沈」「八分沈」といった言い方もあります。材の何割が水面下に入るか、という見方です。

この呼び分けが日本語ではあまり紹介されていないのは、日本の香木文化が伽羅を頂点とした「香りの分類」で発達してきたからだと思います。産地のこの呼び分けは、樹脂量を軸にしている。同じ木を、違う物差しで測っているわけです。

沈めば良い香木か、という問い

答えは「それだけでは決まらない」です。沈水は樹脂が詰まっていることの証しで、品質を見る材料の一つにはなります。ただ、香りと合わせて見なければ決まりません。

写真:同じ大きさに切った二つの材を同じ水に入れたところ(準備中)
同じ大きさに切った二つの材です。左は沈み、右は浮きます。違いは樹脂の量で、香りの良し悪しとは別の軸です。

正確に言うと、こうです。同じ品種の中で比べれば、沈む材のほうが香りも高い——当店の経験ではそうです。 ただし品種が違えば、話は変わります。安価で簡単に沈む高産品種(=収量の多い品種)が実在する以上(品種の記事)、「沈むかどうか」だけを見ても、香りの良し悪しは決まりません。

樹脂の量そのものについては、報告があります。中国・広東の市場で買った24ロットの沈香(いずれもアクイラリア・シネンシス)を調べた研究では、沈む等級の材は浮く材や半沈の材よりエタノール抽出物——樹脂の量の目安です——が有意に多く、比重の高い材ほど二量体のクロモン(沈香に特有の成分群の一つ)に富んでいました。ただし同じ研究では、中国の等級規格が指標にしている二つのクロモンは、むしろ比重の低い材のほうが多いという結果も出ています(Yuan ら 2026)。この研究が測ったのは比重・色・成分であって、香りそのものではありません。当店の材を測ったものでもありません。

樹脂の「量」と、樹脂の「質」と、その材がどの品種か。この三つは別々の軸です。沈水が測れるのは一つ目だけです。

それでも沈水が等級として広く使われているのは、誰でも同じように確かめられるからでしょう。水を張ったコップがあればいい。香りの良し悪しには、そういう検証の手段がありません。客観的に測れる数少ない指標だから使われている、ということだと思います。樹脂が詰まっていることの証しですから、目安として使うこと自体は理にかなっています。

沈水は偽装できる

産地の市場では、油を含ませて比重を上げた材が問題になっています。高圧で押し固めて密度を上げる手口もあるといわれ、沈まない材を「九分沈」に、九分沈を「沈水」に、といったことが起きています。手口は年々巧妙になっていて、昔の「一目で分かる偽物」とは、もはや水準が別です。

見分ける手がかりはいくつかあります。当店が手元で使っているのは焚いてみることです。油を含ませた材は、加熱すると香木のものではない匂いが混じることがあります。押し固めたと思われる材は繊維の走り方が不自然になることが多い。いずれも当店の経験則で、公表された検証法ではありません(学術的には、木そのものについては顕微鏡で介在師部(かいざいしぶ)の樹脂の入り方を見る方法が報告されており〔Feng ら 2024〕、近赤外分光で真贋を判別する試みもあります〔Grosskopf ら 2023。ただし研究者自身が、自動判別の結果は芳しくなく、試料をもっと増やす必要があると述べています〕。ラマン分光を使った報告は、いまのところ沈香の精油を対象にしたもので、木そのものを分析したものではありません〔Huang ら 2022〕)。

日本国内で流通している香木にこれが混じっているという証拠を、当店は持っていません。ただ、産地である中国から材を仕入れている以上、無関係な話でもありません。材は切り分ける前の状態で入荷し、洗浄から選別まで当店で行っているので、少なくとも扱っている材については、そういう処理を受けていないと言えます。

だから当店は等級を二つだけにしています

等級の話の前に、仕入れの話を一つ。当店の定番は、香りを第一に考えて仕入れています。産地には結香が早く、量の採れる高産の系統もありますが、当店が扱っているのは、収量よりも香りの質を優先して選んだ系統で、結果として低産の品種が中心です。定番の材はすべて、海南島の提携農園で計画的に育てられたもので、この系統に属します(品種の記事)。

そのうえで定番は、複数の品種の材を合わせてお出ししています。栽培の香木は農作物なので、同じ品種でも育った区画や環境で香りが揺れます。一つの品種だけでそろえるより、複数の品種を合わせて調えたほうが、入荷ごとの香りのばらつきを抑えられる——定番で品種名を出していないのは、このためです(単一の品種の材は、品種番号を付けて特撰でお出しします)。

順序も決まっています。仕入れた材は、まず洗浄と切り分けを行い、樹脂の乗っていない部分など雑味のもとを取り除いてから乾燥させます。そのうえで焚いて香りを確かめ、香りの通ったものだけを残す。次に水に入れ、沈むかどうかで二つに分ける。そのあとで、沈んだ材どうし、沈まなかった材どうしを、それぞれ当店の配合で合わせて香りをそろえ、倉庫でおよそ一年寝かせます。同じ仕入れ・同じ工程で、大きく違うのは樹脂(油分)の量です。だから二つの等級の香りの系統は近く、当店で試した限り、樹脂の多い材ほど香りは濃く立ち上がり、雑味も少なく感じられます。価格の差は、この樹脂量の差です。

以上を踏まえて、当店の定番は二つに分けています。

沈水選別品は、実際に水に入れて沈んだ材だけです。沈むかどうかは客観的な線で、誰がやっても同じ結果になります。水に入れる前に焚いて香りを確かめた材だけがここまで来ているので、樹脂の密度と香りの両方で納得した材ということになります。

通常品は沈まない材です。日々の暮らしの中で、惜しまず焚いていただくための等級です。

中間の等級は作りませんでした。作れば売りやすくなるのは分かっていますが、その線を引く客観的な根拠が当店にはありません。根拠のない等級は、結局のところ値札にしかならないと思っています。

選別のときに見ているのは、沈むかどうかだけではありません。断面の樹脂の走り方、削ったときの手応え、80〜120℃(当店の材での目安)での立ち上がりの早さ。沈まない材の中にも、明らかに樹脂が乗っているものがあります。そういう材も、通常品に入ります。

当店の通常品には、選別ではねた材(焚いて香りが通らなかった材)を混ぜていません。 ここは書いておきます。

定番の香木を見る

ひとつだけ、注意していること

沈水選別品を「最高級」と書かないようにしています。

定番の中でいちばん樹脂が乗っているのは事実ですが、それは当店の在庫の中の話です。野生の伽羅と比べる話ではありませんし、そもそも樹脂量と香りの良さは同じ軸ではない。この記事で書いてきたのは、そういうことです。

実際、通常品のほうが好きだと言われることもあります。 毎日焚くなら軽いほうがいい、という感想は理にかなっていると思います。

等級は、順位表としてではなく、選ぶときの目安として使ってください。

参考文献

  • Yuan et al., 2026. Unraveling the science of “sinking and dark-colored” superior agarwood through density, color, and metabolomics. RSC Advances 16(17): 15697–15708. https://doi.org/10.1039/d5ra08081a
  • 田中憲蔵, 2020.「目で見る熱帯の樹木(8) マラッカジンコウ(沈香木)Aquilaria malaccensis」『海外の森林と林業』108: 2. 国際緑化推進センター. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjjiff/108/0/108_2/_pdf
  • Wang et al., 2021. Aquilaria Species (Thymelaeaceae) Distribution, Volatile and Non-Volatile Phytochemicals, Pharmacological Uses, Agarwood Grading System, and Induction Methods. Molecules 26(24): 7708. https://doi.org/10.3390/molecules26247708
  • Liu et al., 2019. Interxylary phloem and xylem rays are the structural foundation of agarwood resin formation in the stems of Aquilaria sinensis. Trees 33(2): 533–542. https://doi.org/10.1007/s00468-018-1799-4
  • Feng et al., 2024. Resinous included phloem as a key indicator of authentic or fake agarwood. PLOS ONE 19(12): e0312102. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0312102
  • Grosskopf et al., 2023. Combining Near-Infrared (NIR) Analysis and Modelling as a Fast and Reliable Method to Determine the Authenticity of Agarwood (Aquilaria spp.). Analytica 4(2): 231–238. https://doi.org/10.3390/analytica4020018
  • Huang et al., 2022. An integrated approach utilizing raman spectroscopy and chemometrics for authentication and detection of adulteration of agarwood essential oils. Frontiers in Chemistry 10: 1036082. https://doi.org/10.3389/fchem.2022.1036082

よくあるご質問

沈水しない沈香は品質が低いのですか?

いいえ。沈水は樹脂の量を示す指標で、それだけで香りの質が決まるわけではありません。当店の経験では、同じ品種の中で比べれば沈む材のほうが香りも高い傾向がありますが、品種が違えば、安価でも沈む材が実在します。当店の通常品(沈まない材)は沈水選別品と同じ仕入れ・同じ工程の材で、香りを確かめてからお出ししています。

なぜ樹脂が多いと沈むのですか?

沈香の木部そのものは比重が水より小さく、そのままでは浮きます。樹脂が細胞の空隙を埋めていくと全体の比重が上がり、1.0を超えたところで沈みます。物理としてはそれだけの話です。

沈水を偽装することはできますか?

できます。産地の市場では、油を含ませて比重を上げた材が問題になっています。高圧で押し固めて密度を上げる手口もあるといわれ、見た目だけで見抜くのは難しくなっています。当店の経験では、焚いてみて香木以外の匂いが混じるかどうかが、手元でできる手がかりの一つになります。

当店の沈水選別品は、どうやって選んでいますか?

選別ではまず香りを見ます。焚いて確かめ、香りの通った材だけを残す。次にその材を実際に水に入れ、沈んだものだけを集め、そのうえで複数の品種を当店の配合で合わせて香りをそろえ、倉庫でおよそ一年寝かせたのが沈水選別品です。樹脂の密度と香りの両方で判断した等級です。なお、水に入れた材は乾かしてから出荷しますので、届いた時点で濡れていることはありません。

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