当店について

「天然の沈香」と「栽培沈香」 — 当店が「天然」と書かない理由

香木の市場で「天然」という言葉は、野生(山で自然に結香したもの)という意味と、本物・無添加(材が本物の沈香木で、着色や注油などの加工をしていない)という意味の、二つの意味で使われています。同じ言葉が別のものを指すため、売り手と買い手のあいだで認識がずれやすくなります。

目次

同じ言葉が、二つのものを指しています

香木を探していると、「天然沈香」「天然香木」という表示をよく見かけます。この「天然」が何を意味しているかは、売り手によって違います。

一つめの意味は、野生。 山の中の沈香樹が、落雷や虫害、動物の食害などで偶然傷つき(Shivanand ら 2022)、誰にも管理されずに何十年もかけて樹脂を溜めたもの。伝統的な香木の世界で「天然伽羅」と言うときの天然は、こちらです。

二つめの意味は、本物・無添加。 材が本物の沈香木であり、着色も注油も圧縮もしていない、という意味です。線香の業界で「天然香料」と言うときの天然(合成香料ではない、という意味)に近い使い方で、フリマアプリやネット通販の香木でよく見られます。

「天然」は二つの意味で使われています。当店の香木が当てはまるのは右だけです。

どちらの使い方にも、それぞれの文脈があります。問題は、読む側がどちらの意味か分からないことです。

買う側が本当に警戒しているもの

「天然かどうか」という質問の裏にあるのは、たいてい偽和(ぎわ=混ぜ物や細工で品質を偽ること)への警戒です。

産地の市場では、樹脂の少ない材に油を染み込ませたもの、着色したもの、合成香料で香りを付けたものが問題になっています。高圧で押し固めて比重を上げる手口もあるといわれ、手口は年々巧妙になっています(沈水の記事)。日本国内で流通している香木にこうした材が混じっているという証拠を、当店は持っていません。

つまり買う側が確かめたいのは、「山で採れたか」よりもまず、「この材に、何か足されていないか」です。二つめの意味の「天然」は、この不安に答えようとして使われている言葉だと思います。

当店の香木は、どちらなのか

正直に整理します。

野生ではありません。 海南島と広東の提携生産者が植えた木に、幹に穴を開ける打眼(だがん)で結香させた栽培品です。ここはサイトの各所で繰り返し書いてきたとおりです。

本物・無添加ではあります。 材は本物のアクイラリア属の木で、樹脂は木が自分で分泌したものです。穴を開けるのは人の手ですが、樹脂をつくるのは木自身で、これは野生でも起きる防御反応と同じ仕組みです(Begum ら 2024)。人が与えるのは結香のきっかけ(傷や刺激)だけで、その与え方には穿孔・接菌・薬剤の注入などがあります(Ngadiran ら 2023)。当店の材は、このうち傷を付けるだけの穿孔(打眼)で結香させたものです。そして当店は、着色・注油・圧縮・合成香料の添加を一切していません。 工程にあるのは洗浄・切断・剔除(てきじょ=樹脂の乗っていない白木や、腐りの入った部分を落とすこと)・乾燥・選別・熟成という物理的な作業だけです。

写真:無着色・無注油の、素の材の表面(準備中)
当店の材の表面。着色も注油もしていない、そのままの状態です。

ですから「栽培品は天然ではない」と言われれば、半分は当たっていて、半分は違います。

野生と栽培で、何が違うのか

言葉の話を離れて、実体の違いも並べておきます。

  • 結香のきっかけ。 野生は偶然の傷、栽培は人が与えた傷です。樹脂をつくる仕組みは同じです。
  • 年数。 野生は何十年。当店の提携農園は、定植から約4年で穿孔し、穿孔後2〜3年(長いもので4年)で採取します(結香の記事)。
  • 樹脂と香り。 同じ奇楠(きなん)系統でも、野生と栽培では検出される成分の数と組成が違うという分析があります(Yang ら 2021)。当店は、栽培品を野生の物差しでは語りません(栽培伽羅とは)。
  • 値段。 野生の伽羅は老舗の公開価格で刻・割が1gあたり26,400〜88,000円(山田松香木店・香源、税込、2026年8月24日・当店調べ)。当店の栽培伽羅は100g購入時で1gあたり298円(通常品)・598円(沈水選別品)です(沈香の値段の記事)。

それでも、当店は「天然」と書かないことにしました

二つめの意味では天然、一つめの意味では天然ではない——こういう言葉を商品に付けると、どちらの意味で読まれるかは読む人まかせになります。誤解の余地のある言葉は、良い方に取られたとき、いちばん高くつきます。

そこで当店は、言葉の使い方をこう決めました。

栽培
出自のこと。植えた木に人の手で結香させたことを指します。当店の全商品がこれです。
無添加
加工のこと。無着色・無注油・非圧縮・香料不使用。定番の各商品ページの「処理」欄に明記しています。
天然(野生)
野生品のこと。当店は扱っていないので比較の文脈でだけ触れ、その際も「野生」と書きます。

出自は「栽培」、加工は「無添加」、と分けて書けば、「天然」という言葉に二つの仕事をさせずに済みます。「天然」と書けば伝わる場面もありますが、当店はこの語を使わないことにしました。言葉を一つ手放す代わりに、出自と加工のどちらの話をしているかが、書いた側にも読む側にもはっきりします。

もう一つ、業界の事情も書いておきます。当店が確認できた範囲では、市場で「野生の沈香」より「天然沈香」という表記のほうが、はるかに多く使われています。沈香樹のアクイラリア属はワシントン条約(CITES)の附属書IIに掲載されていて、野生の沈香も栽培の沈香も、原則として国際取引の規制対象です。そのうえで「野生」と明記するには、出所の裏付けが要ります。より広い「天然」という言葉が選ばれやすいのは、そのためだと当店は見ています。結果として、「天然沈香」という表記には、野生の材も植栽の材も含まれ得ます。当店が「天然」を使わず「野生」と「栽培」で書き分けているのは、この曖昧さを避けるためでもあります(ワシントン条約の記事)。

買う側への提案

他店で「天然」表示を見たときは、どちらの意味かを確かめることをおすすめします。聞き方は簡単です。

「野生品ですか、栽培品ですか」と、「着色・注油・圧縮・香料の添加はしていませんか」。

この二つは別の質問です。両方に明確に答えられる売り手なら、どちらの意味で「天然」と書いていても、実態は開示されています。答えが曖昧なら、見分け方の記事に書いた確認事項に沿って、順に確かめてみてください。

言葉は市場によって揺れますが、質問を分ければ、実態は確かめられます。

参考文献

よくあるご質問

栽培品は「天然」ではないのですか?

意味によります。木は本物のアクイラリア属で、樹脂は木が自分で分泌したもの、加工も無添加です。ただし山で自然に結香した野生品ではありません。当店は誤解を避けるため、この状態を「天然」ではなく「無添加」と書き、出自は「栽培」と分けて表示しています。

「天然沈香」と書いてある商品は野生品ですか?

確かめないと分かりません。野生品の意味で使う売り手と、本物・無添加の意味で使う売り手の両方が実際にいます。野生品の意味なら産地と入手経路を、無添加の意味ならどんな加工をしていないのかを確認するのが確実です。

当店の香木は何を「していない」のですか?

着色・注油・圧縮・合成香料の添加です。材は人の手で育てた沈香木そのもので、洗浄・切断・剔除・乾燥・選別・熟成という物理的な工程だけを経ています。樹脂を足すことも、香りを足すこともしていません。

結香は人の手によるものなのに、樹脂は天然と言えるのですか?

穴を開けるのは人の手ですが、樹脂を分泌するのは木自身です。傷に対する防御反応という、野生でも起きる仕組みがそのまま働いています。人が作った樹脂を注入しているわけではありません。樹脂が木自身の分泌したものか、あとから油や香料を足したものかは、偽物(偽和品)を見分ける手がかりの一つだと考えています。

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